サイバー老人ホーム

245.「H」

 最近、テレビなどでスポーツ選手が互いに抱き合って喜びあうシーンをよく目にするようになった。世間一般に言われるところのハグという行為だと思っている。いわゆる日本流で言えば抱擁だが、日本には昔からこの習慣はなかったのではなかろうか。

 ただ、人間の喜怒哀楽や親愛の情を表す表現方法では最も適切ではないかと思っている。このハグという行為は、調べてみるとキリスト教が普及する以前は性的タブーがなかった古代ギリシャ時代、帝政ローマ時代に遡るらしい。

 古代ローマの伝説的将軍ガイウス・マルキウス・コリオラヌスの母親が彼の妻及び子どもと一緒にコリオラヌスのところにやってきた時、コリオラヌスが母親に駆け寄ってハグをするという描写が描かれていて、この当時は親子関係において行われたようである。

 その後、夫婦間、男女間に広がり、やがて男同士でも行われるようになったという事である。現在も、世界的に見てハグをしている国は欧米や東欧、特にキリスト教地域であるらしい。イスラム圏ではどうだかわからないが、最近になってモロッコの道端でキスをしたという理由で十五六才ほどの若い男女が逮捕(現在は釈放)され、起訴されれば2年の懲役と、罰金刑が科せられるのが濃厚であるとの事で、あまり積極的ではないのかもしれない。

 もっとも、キリスト教地域でも国によって差があるらしく、もっとも濃密に行うのはフランスであり、イギリスなどでは2・30年前まではなかったようである。

 また国によって男女間、親密度、場所などの条件により差があるようで、今はどうか知らないが、かつて、ソビエトのフルフチョフ首相が、外国の元首に対してブチュッと音が聞こえるような濃密なキスをしていたのを見た事があるが、あまり感心したものとは感じなかった。

 一方、仏教圏ではハグを生活習慣としている国は少ないようである。アジア圏では日本・中国・韓国などはハグの習慣はなく、フィリピンにはある様である。仏教では男女が体に触れ合うことは不浄という考え方が昔からあり、あまり表だって男女が体に触れ合うことは禁じられていたようである。

 然らば、わが日本においてはいつごろかと云うと、ごく身近なところで海外留学が普及してきた近年になってからではないだろうか。しかしインターネットで見ると、ハグについてはさすがに人それぞれに戸惑いがある様である。

 もっとも、これがハグに入るのかどうか分からないが、男女が抱擁し合うなどというのは江戸時代においてもあったようで、これはあくまで芝居や、特殊世界の事であって一般市民が公衆の面前で互いにハグし合うなど云うのは見た事がないというより、むしろ嫌悪感があったのではなかろうか。

 戦後、私がまだ子供の頃でも男女と云わず、映画の中で互いにハグし合う場面に遭遇すると、何となく気恥ずかしくて目をそらしたものである。何故このような感覚になったかというと、男女が互いに抱擁し合うのは、性的な繋がりがある場合であり、したがって人前で抱擁するなどというのは極めて恥ずかしい事のように受け止めていたからではなかろうか。
 
 ここで、敢えて「なかろうか」と仮定形を用いているのは、その頃、性的云々などはあくまで空想の域の事で、この種の事に断定的に言えるほどの知識も経験も持ち合わせていなかったためである。

 その後、テレビの普及でハグなど日常茶飯事の事となり、目で見る世界ではいつとはなしに習慣化してきているようであるが、これがごく当り前の生活習慣などとは思っていない。

 自分の子供や孫であっても、ハグをしたのはせいぜい小学生の低学年までの事で、今では手を握る事も許されない。それでは日本人はそれだけ人に接するのが冷淡なのかと云えばそんなことは無い。

 最近ではどうか知らないが、一般的に日本人は礼儀正しいと云われ、日本において礼儀と云えば、小笠原流とか云われる礼儀作法の事で、主に冠婚葬祭などでの礼儀作法を指しているようで、日常の礼儀作法の中には互いに体を寄せ合うようなものは見当たらない。と云いう事は、日本にはハグに類するものはなかったかというとそうではない。

 芝居や映画などにおいては時代物・現代ものに限らず男女が互いに体を抱き合っているシーンは常に目に余るほどである。

 ところで、日本には「H」という言葉がある。これを言葉というかどうかは疑問の残るところだが、Goo辞書によれば「言動が性的でいやらしいこと」という事で、俗には性行為を表す言葉で、語源はHENNTAI(変態)からきているらしい。とにかく老若男女に限らず誰もが使っている言葉であるが、意味からはかなり気恥ずかしい行為に対しての表現であるが、極々ありふれた行為であってもこの言葉を使っているようである。

 昭和三十年代の高度成長期の緒に就いたころ、地方の農家の人達が工場誘致などで大金を手にして大挙して東南アジや等の海外旅行に旅立った時期があった。この頃の旅行者の目的が売春禁止法の成立で行き場を失った男どもの買春だったいう事で、日本人は性行為が好きだという風評が世界的に広がったと聞いているが、実態はどうだったか知るよしもない。

 そうは云っても、かまととぶるわけではないが、私などもハグを一度もしたことは無いなどとは言わない。今では互いに見向きもしないが、かつて若かりし頃、人に見えないような場所や、時間に家内と熱烈なハグをしたことは間違いがない。

 ところで二・三か月前から新聞に載る週刊誌の広告に、六十代、七十代高齢者の性行為についての記事がしきりに乗るようになった。だからと云って、買って見るなどというつもりは毛頭ないが、まさか最近七十五才周辺の年寄りの体力が向上したことに対するアピールというわけではあるまい。

 そういえば、昨年末、うちのカミさんから奇妙な事を聞いた。それは同じ老人会の会合で女性から「昨夜主人と性行為をした」と打ち分けられたというのである。

 それがいかなる理由であったか分からないが、この旦那と云うのが私と同年であり、誰しも互いの性年齢には関心は持っているが、具体的には聞くことも、話すこともできない事であるが、これほどはっきりと聞いたことは初めてである。

 これが、喜んでよい事やら、嘆く事であるのか言いようもないが・・・・、ともあれ、ハグは大賛成である。と思っていたら、十日ほど前のNHK「アサイチ」という番組で、「最近高齢者のストーカー行為が問題になっている」と云う内容を取り上げていた。

 これが「多発」であったか聞き漏らしたが、最近の全てに亘っての老人無視の傾向に腹を立てたわけでもあるまいが、世の中いくつに成っても血迷い人と云うのはいるものである。然れども、自他ともに認める人畜無害の年齢に至り、よもや今になって血迷ったと思われても詮ないことなので、このまま放し飼いに甘んずる事にした。(13.11.15仏法僧)